関守石の独り言

鷺森神社 宵宮祭

2016年05月11日

本年も、鷺森神社宵宮祭にご奉仕しました。

今年で13年目、神輿巡行を運営する御輿係としては

最後のご奉仕。 取締役を務めさせていただきました。

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たくさんの担ぎ手により、威勢よく差し上げられる神輿!

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この神輿は、江戸期に修学院離宮を造営された

後水尾天皇より下賜された由緒ある神輿(二代目)です。

 

修学院離宮総門前で休憩。

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私は、京都洛北修学院で生まれ育ち、鷺森神社の氏子として祭礼

ご奉仕させていただいています。

神社社宝の神輿は、修学院離宮を造営された後水尾上皇の子、

霊元天皇(1654~1732)の輿を神輿に改装したものとされ、

現在の神輿は2代目で江戸時代中期頃に作られた漆塗りの神輿とのことです。

菊花紋章は正に皇室所縁の証。五穀豊穣を祈り、旧暦の3月5日に

神輿巡幸を行っていましたが、明治からは、氏子の住まう修学院へ神輿を

巡行するのは毎年5月4日、宵宮祭として執り行われています。

神輿は18時に修学院離宮近くの御旅所を出発し、氏神の鷺森神社へ。

御神霊移しの後、19時に神社を出発し修学院各地へ巡行

22時頃に御旅所に戻り終了。翌日は、同じ鷺森神社の氏子である

山端地域の御輿係のもと神幸祭が行われます。

現在の修学院はその昔、山城国愛宕郡修学院村大字修学院と云いまして、

近隣地域の「一乗寺(旧修学院村字一乗寺)」「上高野(旧修学院村字高野)」

「山端(旧修学院村字山端)」として、広い地域を有していました。


また鷺森神社の例祭は、江戸期から修学院村大字修学院が奉仕していたところ、

明治7年に修学院から分村した山端村が奉仕を始めることになり、

現在の5月4日宵宮祭(修学院)、5日神幸祭(山端)に分かれました。


例祭が2村で2日間に分かれるに当たり、夜に執り行われる神祭(宵宮祭)が

最上のものであることから、元々奉仕していた修学院村が担当したとされています。

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カテゴリー: 関守石のひとりごと
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